校内には、たくさんの芸術作品が寄贈されています。書に関して3点ご紹介します。

1階ホールに掲げられているのは、沢田白寿氏による「自琢」という書です。
「じたく」と読み、「自らの力で、自分自身の心や才能を磨き高めること」を意味する言葉です。
よく似た言葉に「切磋琢磨(せっさたくま)」があります。切磋琢磨は、仲間と励まし合いながら互いに高め合うことを表す言葉として広く使われています。一方、「自琢」には、周囲の状況に左右されず、「自らの意志で自分を磨き続ける」という意味合いがより強く込められています。
たとえば、仲間とともに部活動や勉強に励み、お互いを高め合う姿が「切磋琢磨」だとすれば、自琢は、誰かに言われるのではなく、自分自身の目標に向かって日々努力を重ねる姿に重なるかもしれません。
この言葉は、自分の成長に真摯に向き合い、自ら学び続けようとする姿勢の大切さを教えてくれているように感じます。また、生徒一人ひとりが、自分の可能性を信じ、自分らしく力を伸ばしていってほしいという願いも込められているように思われます。

職員玄関に入ったところにある書は、水崎素雲氏による「人生貴適意」という作品です。「じんせい、いにかなうをたっとぶ」と読み、「人生は、自分の心にかなった生き方を尊ぶべきである」という意味があります。
この言葉は中国の古典に由来し、世間の名声や出世にとらわれるよりも、自分の心が満たされる生き方を大切にしたい、という思いを表したものとされています。現代風に言えば、世間の価値観や周囲の評価に流されることなく、自分の思いや願いに正直に、自分らしい生き方を大切にするということです。自分自身が本当に納得できる道を選ぶことの大切さを教えてくれているように感じます。

会議室には、同じく水崎素雲氏による「成蹊」という書が掲げられています。
「せいけい」と読み、「徳や人格のある人のもとには、自然と人が集まってくる」という意味をもつ言葉です。「蹊」という字には「小道」という意味があり、「成蹊」は文字通り「道ができる」ということを表しています。
この言葉は、中国の歴史書『史記』にある「桃李不言 下自成蹊(桃や李(すもも)は何も語らないが、その下には自然と道ができる)」という故事に由来します。桃や李の木は、自ら人を呼ぶことはありません。しかし、美しい花を咲かせ、実を結ぶことで、その魅力に惹かれた人々が自然と集まります。多くの人が繰り返し訪れるうちに、いつしか木の下には小道ができていく。そんな情景を表した言葉です。そこから転じて、「優れた人格や実力を備えた人のもとには、自ら語らずとも自然と人が集まり、慕われる」という意味で用いられるようになりました。
この言葉は、周囲に誠実に向き合い、自分自身を磨き続けることの大切さを教えてくれているように感じます。また、子どもたちに対しても、目立つことや表面的な評価を求めるのではなく、自分の内面を豊かに育ててほしいという願いが込められているように思われます。